📝 この記事のポイント
- SNSで流れてきたあの投稿は、僕の頭の中に引っかかり続けていた。
- 「男子同士で抱き合って廊下を転げ回っているでしょう?中1だとまだ本当に子どもで、こういうスキンシップこそ心の安定に必要なんです。
- でも女子の前ではなかなかこうはいきません」。
SNSで流れてきたあの投稿は、僕の頭の中に引っかかり続けていた。男子校の説明会で先生が言ったという話。「男子同士で抱き合って廊下を転げ回っているでしょう?中1だとまだ本当に子どもで、こういうスキンシップこそ心の安定に必要なんです。でも女子の前ではなかなかこうはいきません」。そして、そのコメント欄に溢れる共感の声と、「卒業後が大変」という指摘の数々。僕は共学出身だから、そんな経験はなかったけれど、あの光景を想像した時、なぜだか胸の奥がざわついたんだ。
僕の中学生時代は、常に異性の目を気にしていた。体育で失敗したら笑われるんじゃないか、変なこと言ったら引かれるんじゃないか。別にモテたいわけじゃない。ただ、「変なやつだと思われたくない」。その呪縛が、どれだけ僕を窮屈にしていたか。それは、洋服を選ぶ時も同じだった。クラスの女子にどう見られるか、男子にはどう思われるか。そんなことばかり考えて、無難な服ばかり選んでいた。あの頃、もし男子校だったら、僕のファッションはどんな風に変わっていただろう。そんなことを、漠然と考えていたんだ。
最初の印象
あの投稿を見て、僕がまず感じたのは「羨ましさ」だった。廊下を転げ回る自由。それは、異性の目というフィルターを通さず、ただ純粋に自分自身でいられる自由の象徴だと感じた。そして、それは僕のファッションに対する固定観念に、静かに問いかけてきたんだ。「お前は、本当に着たい服を着ているのか?誰かの目を気にして、自分を抑えつけていないか?」って。
僕にとっての「廊下を転げ回る」は、ファッションにおける「自分らしさを爆発させる」ことに近いのかもしれない。ジェンダーレス制服が話題になる現代において、「男の子だからこうあるべき」「女の子だからこうあるべき」という固定観念が、いかに僕たちを縛りつけてきたか、改めて痛感したんだ。あの写真が、僕の凝り固まったファッション観を揺さぶる、最初の衝撃だった。
実際に使ってみて
それ以来、僕は「誰かにどう見られるか」という基準を一度捨てて、「自分が本当に着たいもの」を選んでみる、という試みを始めてみた。「使ってみて」という表現が適切かわからないけど、これは僕にとって、これまでとは全く違う「ファッションの視点」を使ってみる、という体験だったんだ。
これまでだったら絶対に手に取らなかったような、ちょっと派手な色合いのトップス。サイズ感もメンズ・レディース関係なく、シルエットが気に入ったものを試してみた。自分の肌の色に合うかとか、体型がどう見えるかとか、そういう細かいことはいったん後回し。ただ、「これ、好きだな」という直感を信じて選んでみたんだ。まるで、心の奥底で転げ回りたいと願っていた自分が、ようやく解放されたような感覚だった。
良かったところ
- 心の底からファッションが楽しくなった
これまで洋服選びは、どこか義務感があったんだ。でも今は違う。試着室で新しい自分を見つけるのが、本当にワクワクする。誰かの評価じゃなく、自分の「好き」を基準に選ぶことで、純粋な喜びが戻ってきた。
- 自分に自信が持てるようになった
好きな服を着て鏡を見ると、なんだか表情まで変わるような気がするんだ。「この服、似合ってるかな?」じゃなくて、「この服を着てる自分、最高!」って思える。それが、ちょっとした自信に繋がっているのを実感する。
- 「こうあるべき」という呪縛から解放された
男性だから、女性だから、という枠に囚われなくなったことで、選べる服の選択肢が爆発的に増えた。ファッションってこんなに自由だったんだ、って目から鱗が落ちる思いだよ。
気になったところ
- 最初のうちは周りの目が気になった
正直なところ、慣れるまでは「変に見られてないかな?」って不安になることもあった。でも、それはこれまで僕を縛っていた呪縛の残り香みたいなもので、好きな服を着ていればいるほど、だんだん気にならなくなっていったよ。
- 自分に本当に似合うものを見つけるのが大変
選択肢が増えすぎて、最初は戸惑った。何が自分に似合うのか、どういうスタイルが好みなのか、試行錯誤の連続だったね。でも、それもまたファッションの醍醐味なんだろうなって今は思える。
どんな人に向いてる?
この「異性の目を気にせず、自分を表現するファッション」は、特にこんな人に向いていると思う。
- ファッションで常に「誰かにどう見られるか」を気にしている人
- 「自分は〇〇だから、こういう服しか着ちゃいけない」という固定観念に囚われている人
- もっと自由に、心の底からファッションを楽しみたいと思っている人
- 自分らしいスタイルを模索していて、新しい視点を取り入れたい人
もしあなたが、服を選ぶときに「これが自分らしいのかな」とか、「周りから浮かないかな」って考えてしまうなら、一度この視点を取り入れてみる価値はあると思う。
使い続けて数ヶ月の今
あのSNSの投稿を見てから数ヶ月。僕は、以前よりもずっと、自分らしくいられるようになった気がする。ファッションを通して、「自分ってこういう人間なんだな」という核の部分が、よりはっきりしてきたんだ。
もちろん、今でもたまに「これでいいのかな」って迷うことはある。でも、それは「変なやつだと思われたくない」という不安からくるものじゃなく、「もっと自分らしい表現はないかな」っていう探求心からの迷いなんだ。
あの廊下で転げ回る中学生男子たちが持っていた、他者の目を気にしない無邪気な自由。それは、僕がファッションを通してやっと手に入れ始めた、かけがえのないものだと思っている。
僕たちは、子どもの頃から「将来のため」に「今」を犠牲にすることを教えられてきた。コスパやタイパを重視して、何を選ぶべきか判断してきた。でも、思春期の不安定な時期に、安心して自分らしくいられること。そして、大人になっても、自分が本当に心地よいと感じる表現を追求すること。それって、どんなコスパやタイパよりも、豊かな人生に繋がるんじゃないだろうか。
廊下で抱き合って転げ回る中学生男子の写真を見た時、僕は少しだけ羨ましくなったけれど、今は、僕自身の「転げ回る」自由を、ファッションという形で表現できていることに満足している。結局、何が正しいかなんて誰にも分からない。ただ、僕は今、この「自分らしさ」という服をまとって、心地よく生きている。それだけが、確かなことなんだ。
📚 あわせて読みたい
続きをみる
廊下で転げ回る中学生男子の話
SNSで流れてきた投稿に、思わず立ち止まった。ある男子校の説明会で、先生がこう言ったらしい。「ご覧ください、この写真。男子同士で抱き合って廊下を転げ回っているでしょう? 中1だとまだ本当に子どもで、こういうスキンシップこそ心の安定に必要なんです。でも女子の前ではなかなかこうはいきません」続きをみる...
note(ノート)


コメント